Masuk「お客さま、ここは占いの館です。宿屋ではございませんので……」
レダは、勇気を出して言い返す。しかし、男はガラス玉のように透き通った瞳で、レダを射抜くように見つめる。
「では、占い師殿。俺の未来を占ってくれ。そうすれば、理由を言わなくても、あなたなら分かるだろう」
男は珍しく、“話を聞いてください”と言わない客だった。こうなると、レダはこの男のことを自力で調べないといけない。
(もしかして、私、試されてる?)
レダは机の下から水晶の球を渋々取り出した。そして、水晶に映る目の前の男へ視線を固定する。
「すみませんがお客様のお名前を教えて下さい。フルネームではなく、ファーストネームで構いません」
「―――アルフレッド」
(ああ、やっぱり……、そうなのね。他人の空似でもなく、間違いなくこの方は……)
「では、アルフレッドさまの未来を占います」
(はぁ……、仕方がないわ。ここで私情を挟んではダメ!! 相手は私の正体を知らないのだもの。だから、ちゃんとレダとそのお客様として対応しないと。だけど私、占いなんて全然出来ないのよね。こうなったら、それらしく未来を占っているフリをして、彼の記憶を見せてもらうことにしましょう)
レダは全神経を集中させ、水晶玉で占いをしているフリを始めた。そして、こっそりと自身の魔力を開放して、水晶の向こう側にいるアルフレッドの記憶を探っていく。
(―――これは何処かしら。う~ん、皇宮では無さそうね)
アルフレッドの記憶の中に、ある一室の風景が浮かんでくる。
数人の貴族らしき男性たちが『次の満月の夜にアルフレッドへ媚薬を飲ませて用意した女を部屋に送ろう』という作戦を話し合っていた。
「アルフレッドさま、とある犯行計画が見えました。ただ、これはわたしが覗き見て、良い内容なのでしょうか?」
「ああ、構わない。おれはこの計画を上手く潰したいと思っている」
「分かりました。では、具体的にどうして欲しいのかをお聞かせ下さい」
「次の満月の晩、俺は敢えて媚薬の入った食事を取り、こいつらに騙されたフリをする。だから、その晩はここへ泊まらせてくれ。そうすれば、あいつらの計画は実行したにも関わらず、失敗に終わる」
レダは、少し思案した。
「では、ご自身の寝室には戻らず、ここで満月の日の夜を過ごしたいということでしょうか」
「そうだ。レダ殿ならば、俺が媚薬を盛られて暴走しても止められるだろう?」
アルフレッドはレダをかなり信用しているらしい。それに、レダが占いだけではなく、魔法も使えるということを知っているようだ。
(いや、実は私、かなり年若い女性なのですけどね。まぁ、今はこの姿と声だから、あなたは気がつかないでしょうけど……)
「では、一つだけお願いがあります。アルフレッドさまが暴れられたら、私の腕力ではとても止められません。その時は魔法で拘束します。許可を下さいますか?」
「―――魔法で拘束か……。いいだろう。許可する」
「では、お受けいたします。あと、もう一つだけお約束を。このことは、どなたにもお話しにならないでください」
「勿論、誰にも言うつもりはない」
「承知いたしました」
♢♢♢♢♢♢♢
ニルス帝国は、西の大陸の南部にある。
海岸線が長く、漁業、リゾート、海運業などが盛んな国だ。そして、この国の海軍の戦闘力は世界一と名高い。それ故、海賊は決してニルス帝国の水域に近寄らないというのは有名な話だ。
また、建国神話以来、二千年とも言われる長い歴史を刻んで来た直系皇族は、魔族の血を受け継いでいるらしい。そのため、皇家一族の魔力は、一般の魔法使いを遥かに凌ぐとも言われている。
何故、“らしい”なのか。それは皇家の機密事項関連の管理が鉄壁過ぎて、情報が全く漏れ出て来ないからだ。
例えば皇族を直接お世話する使用人及び身辺警護をする騎士たちは代々その職を世襲している家門の者しか就くことは出来ない。勿論、専門職の者はその限りでは無いが……。高位貴族だろうと皇宮へ自由に立ち入れないのである。
しかし、この異常なくらいの金城鉄壁は、何か大切なことを隠していますと認めているようなもの。
(そんな皇家の第一皇子アルフレッド殿下が、どうしてここに気安くお願い事をしに来たりするのよ。大体、殿下は有り余る魔力を持っているのでしょう? 自分で解決すればいいのに……)
身代わりのレダ個人として一番関わりたくない人物がここへ来てしまい、彼女は頭を抱えてしまうのだった。
二人の疑問はすぐにマーガレットが解決してくれた。「皇子殿下、アデンの丘で素敵なプロポーズをしたらしいね~。上手く行って良かったね~!」 彼女の言葉を皮切りに「プロポーズで新聞の一面を飾るとはな~」、「皇子殿下もプロポーズをするんだな」、「俺も惚れてしまったぜ!」、「断られてたら、凹んでた?」など、好き勝手な言葉が飛び交う。(まさか、ここでプロポーズの話が出てくるなんて……)「アル、私達も皆さんにお礼を言った方がいいかな?」 カレンは場が盛り上がっている間にアルフレッドへ小声でこっそりと尋ねる。「ああ、そうだな」 二人は目深に被っていたフードを後ろに下げて、顔を出した。「うぉ~~~~~~、天使!! 天使が降臨した!!」「皇子殿下も相変わらず麗しいわね~」「悔しい~!!」(悔しい?)「私も二十歳若かったら~!」「いや、若くても無理だろ!」(あの~、ええっと……)「俺はカレン様が三十歳年上でもイケる!」「お前は選ばれね~よ」(何なの!? このノリは……) カレンは隣に立っているアルフレッドの方をチラリと見た。「えっ!?」 彼は口元を押さえて、目を潤ませている。「アル、ど、どうしたの?」「ん、いや、ここまで長い道のりだったと……」「あっら~、皇子殿下はカレンちゃんにベタ惚れだったのかい! いい返事がもらえて良かったね~、本当に!!」 マーガレットは相手が皇子ということも気にせず、アルフレッドの肩をバシバシ叩く。「マーガレットさん!!」 カレンが止めに入ったところで、美貌の皇子の目じりから一筋の涙が零れ落ちた。 場は水を打ったようにシンと静まり返る。 そして……。「うううっ、
「お宿ウミネコの角を右に入って、二軒目だったか?」「ん~、そうです」 カレンは手元のメモを確認して答えた。 今、カレンとアルフレッドはヤドリギ横丁を歩いている。 朝一で本日のランチメニューを占いに来たマーガレットが見習い占い師のカレン(今日はレダが占っていた)に『今日の正午に皇子殿下と一緒に店まで来て欲しい』とお願いしたからだ。(レダさんの後ろに黙って立っていたら、いきなり『カレンちゃん~』って、話しかけてきたからビックリしたわ。しかも、アルを連れて来て欲しいだなんて……) マーガレットはアルフレッド皇子がレダの家に入り浸っているのを知っている。 とはいえ、レダがいる前でカレンにお願い事をして来るのは初めてのこと。 なぜ、店に呼び出されたのか。理由もさっぱり分からない。(レダさんは『行ってらっしゃい~』と笑って送り出してくれたけど……。今回の呼び出しには裏がありそうで怖いわ。マーガレットさんって、フワッと糸口を掴んで来る性質があるらしいし……) 実際のところ、厄介事が起こるときは大抵マーガレットが先触れのような話題を出してくる。 レダはそれを上手く活用しているのだが、カレンは……。(私は深読みするのを忘れて、おしゃべりを楽しんでしまうからダメなのよね~。無駄話を一切しないレダさんのような占い師には一生なれなさそう……)「カレン、あれじゃないか? ほら、看板に……」 お宿ウミネコの角を曲がったところで、アルフレッドが一枚の看板を指差した。『ビストロ・ソレイユ』 白壁のお店にターコイズブルーの看板。白い筆記体で書かれた文字がとてもお洒落だ。「うん、あのお店で間違いなさそう」「あのご婦人……、実在していたんだな……」「?」 カレンは
眺めの良いアデンの丘は夜景の時間だけでなく、お昼も人が多い。「レダ、カフェ・ロッソでお茶でも飲もう」「いいね~。いつ振りだろう」 カールの誘いに乗るレダ。 カフェ・ロッソは昔からアデンの丘にあるお店で、看板メニューはカプチーノとシナモンロールだ。「あ、良い席が空いてる!」 レダは丘の先端に突き出している席を指さした。「急ごう!」 他の人に席を奪われないように二人は急ぎ足で店に入っていく。♢♢♢♢♢♢♢ 皇宮はアデンの丘の向かい側の大きな岩場の上に立っている。そのため、顔を上げるだけで視界に入ってしまう。「ニックは今日も忙しいのかい?」「ああ、しばらく居なかったからね~」 カールは核心を避けて話す。「他国と変な取り決めをしてしまったのを白紙に戻す交渉だけで、数年も掛かりそうだ」「あ~、それは大変だね~」 ニックこと皇帝ニコラスはシュライダー侯爵家に入り込んでいた大魔女ジェシカの手で一年半、深い眠りについていた。 その間の執務は身代わり人形が好き勝手にしていたため、かなり深刻な状態になっているのだという。「アルフレッドが居ても、手が足りなさそうだからね~」 レダは呟きながら、コーヒーカップに手をのばす。 大きな葉っぱのラテアートが施されていて、可愛い。「レダ……」「ん?」「殿下のことを買いかぶり過ぎじゃないか?」「はぁ?」 レダは素っ頓狂な声を出してしまった。「買いかぶり? どういうこと?」 レダは眉を顰める。 今はオフなのでフードは被っていない。風に撫でられて、美しい金色の髪がたなびいている。「部屋を用意したり、手料理を振舞ったりしたことが気に入らないのか?」「違う。殿下は仕事も早いし、気配りもしっかりとしている。とはいえ、大魔女の君が彼を頼る必要はないだろう」
レダとシュライダー侯爵が出かけた途端、貿易商のシューマンが店に現れた。 「レダ、お久しぶり~!」 「あ、シューマンさん! お久しぶりですね。買い付けの旅はいかがでしたか?」 「あれれ~? しばらく会わないうちに随分と僕に興味を持ってくれるようになったね~」 カレンはドキッとする。 ここ最近、レダが『カレンの好きにしていいよ~』と、甘やかしてくれるので、お客様とのおしゃべりを気兼ねなく楽しんでいたのだが……、まさか、そこを指摘されるとは思わなかった。 (シューマンさんとは、しばらく会ってなかったから、突然の変化に驚くわよね~。失敗したわ……) 「……」 「あ~、大丈夫? 僕のせい?」 シューマンはカレンが俯いてしまったので、心配する。 「いえ、大丈夫です。急に馴れ馴れしくしてすみませんでした」 「え~~~、そんなこと言わないでよ。気楽に話してくれた方が嬉しいから」 「そうですか?」 「そうそう! ごめんね、気を遣わせて~」 明るいシューマンの声を聞いて、カレンは顔を上げた。 もちろん、フードをしっかりと被っているので、シューマンの目にカレンの表情が映ることはない。 「今日は何を占いましょうか?」 カレンはテーブルの上の水晶に手を翳す。 「待って! 今日は先にお礼を言わせて!」 「お礼?」 「うん、前回、レダが香辛料を仕入れた方がいいってアドバイスをくれた件なんだけど……。イシュタル共和国とオルセント王国が一時険悪になって国境を閉ざしていた期間があっただろう?」 「あ~、ありましたね」 (レダさんが陰で両国に働きかけて国境を封鎖した時のことね) 「僕がキャラック船で順次ニルス帝国に送っていた香辛料が毎回、予約完売してしまう状態になって、信じられないほどの利益が出たんだ」 (羽振りのいいシューマンさんの言う『信じられないほどの利益』って、想像も付かないのだけど……) 「で、今回はレダにもボーナスというか、御礼!! これを受け取って!」 シューマンは懐から革袋を取り出した。 (まさか!? 金貨入りの袋? えっ、本当に?) 大金かも知れないと動揺しているカレンの前で、シューマンは手際よく、革袋の紐を解いて、中身を取り出す。 「は!? 凄っ!!」 シューマンが差し出したのは大きな真珠がのっている銀色の
甲板の先端。 強い日差し、海面からの照り返し、酷く眩しい。 ニルス帝国を出て、早三か月。 白いスリーピースを着た男は水平線の先を見つめて、微笑む。 懐から、金属製のケースを取り出し、葉巻を一本取り出した。 シガーカッターで先端を切って、軽く口にくわえ、手でドームを作る。そして、ライターでゆっくりと丁寧に火をつけた。 ゆるりと吸い、フ~と吐き出すと、いつも旅の前に立ち寄るレダの家が思い浮かんだ。「レダは元気にしているかな~?」♢♢♢♢♢♢♢ 本日のランチのメインはカモ肉のローストをたっぷりの野菜と一緒に薄いパンで巻いたものだった。デザートはヨーグルト。トッピングはブルーベリー。「今日のメニューはあたし好みだね~」 レダは昔、東の国を旅したときにこういう料理を沢山食べたという話をしてくれた。「ここ最近は真面目に仕事をしていて、どこにも行ってないからね~。久しぶりに旅でもしたいね~」「侯爵と行ったらいいのでは?」「いや、カールと行くより、あんたたちといった方が楽しそ……」 バタン!!「レダ!!」(うそ!? 最悪のタイミングで現れた……)「あ~、カール!」「酷いじゃないか!! 私はのけ者か? 君の夫なのに……」 レダとカレンはアルフレッドの持って来たランチを三人で一緒に食べていたのだが……。 いきなり、カール(シュライダー侯爵)がダイニングに飛び込んで来た。 彼はこういう風に突然現れることが多い。「いや、カールと行きたくないという訳じゃなくて……。この二人は見ているだけで面白いというか、何というか……」「私が面白くないということか……?」「面倒くさいな…&hellip
最近カールは皇帝の補佐のような仕事をしており、しばらく屋敷に帰ってない。「屋敷に戻っても可愛い娘はいないし、レダも……。というか、どうして、殿下は私の家族と一緒に暮らしているんだ?」 心の声がつい漏れ出てしまう。 どう考えてもおかしい。 カレンとアルフレッドは婚約者同士ではあるが、結婚式の予定もない。 なのに、義理の母も一緒に三人で同居? ズルすぎるだろ! カレンの夜間護衛? レダがいるのに護衛が必要なのか!?―――腑に落ちない。「カール、どうした? 険しい顔をして……」 ニックこと皇帝ニコラスは微笑みながら彼に問う。 聞かなくても理由は分かっているが……。少しでもピリピリとした執務室の空気を改善したかったのである。「陛下、ご子息をどうかしてください。私だけのけ者です」 カールはアルフレッドのことをワザとご子息と言った。殿下と言いたくなかったからである。「うちの息子がすまない。カレン嬢に夢中で……」 ニックはレダの名を出さなかった。これ以上、拗らせたくなかったからだ。「夢中……。だからといって、婚前に同居なんて……」「ああ、それなら、いっそのこと結婚させるか?」 ニックは子供たちの結婚式を想像した。 皇后に似て、綺麗な顔立ちをしているアルフレッドと、レダと瓜二つのカレンが並んでいる姿は人々を魅了するだろう。 最近、良くないニュース続きのニルス帝国としても、おめでたい報告を国民に出来るのは非常に良いことだ。「結婚……? 早すぎる!!」 反対の言葉と共にカールは勢いよく立ち上がった。ニックは驚いてビクッとする。「そ、そうか? 二人とも成人しているのだから、そんなに早くもないと思うのだが&hel
「マーガレットさん、おはようございます!」「おはよう、レダ(カレン)! 今日もよろしく頼むよ~」 朝食後に突然、レダが用事で出かけると言い出したため、本日はカレンがレダの身代わり占い師をする。(昨日、レダさんはマーガレットさんを呼び捨てで呼んでいたけど……) マーガレットはカレンから『さん付け』で呼ばれても何も気にしていないようだ。(レダさんが『それくらいの差で偽者と見破られることはない』と断言した通りだわ) レダは不安そうにしていたカレンに『今まで通りのあんたのや
「そうかい。それじゃ、あんたもいつかは死ぬってことだね」 何となく、話が不穏な方向になって来て、カレンはハラハラしてしまう。 いつも朗らかなマーガレットの口から『死ぬ』という言葉が出て来たからである。「ええ、誰でも最後は死にますから……」 何となく言葉尻を濁してしまう、カレン。 想定外の重い話題など対処し切れない。(早く話題をかえよう。死について語れるほど、私は人生経験もないし) カレンは黒いフードを両手で引っ張って、目深に被り直した。「レダ、勝手にフードを引っ張って悪かったね。あんたに当たるのはお門違いだと分かってはいるんだ。―――実は旦那の調子が悪くてね。もう長くないと医者
いきなりドアが開いた。(うわっ! 誰!?)「昼ご飯を持って来たぞ」 バスケットを抱えたアルフレッドだった。「殿下~。急に入って来るから、ビックリしましたよ。お昼ご飯、ありがとうございます!! ちょうどお腹が空いたな~と思っていたので、最高のタイミングです!!」 カレンは満面の笑みで彼を迎える。こんなに喜んでもらえると思ってなかったアルフレッドは、つい照れ笑いをしてしまう。 それでも、彼はカギを締めるのを忘れない。(ああああっ! カギを……)「私、カギを掛け忘れ
アルフレッドとキュイを見ながら、カレンは考え事をしている。 (キュイの水晶のような瞳と艶のある黒髪、そして美しく均整の取れたお顔って、まるでお人形さんみたい……) カレンがキュイに視線を戻すと、彼女は干しブドウをたっぷりとのせたスプーンを慎重に口へ運んでいた。 (ああ~、本当に可愛いわね!―――ん? あれっ!? あっ、違うっ!! 思い出した!! キュイは正真正銘お人形さんよ!! えっ~、どうして、こんなに大事なことを忘れていたの、私!?) キュイと一緒に過ごしているうちに、頭の中から重要なことがスッポリと抜け落ちてしまっていたようだ。 これは単なる忘却なのか、それとも他の原因